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2018.09.09

180909 映画「フジコ・ヘミングの時間」

180908_fujiko_hemming180908_fujiko_hemming2 ピアノが好きなJNKさんに誘われて、映画「フジコ・ヘミングの時間」を見に行きました。
 久し振りに涙が出るほど感激しました。
 全編フジコ・ヘミングの日常を追いながら、バックに流れる彼女のピアノ演奏でテンポよく画像が流れます。
 ピアノ教師だった母の厳しいピアノレッスン、子供の頃の絵日記の記憶、あこがれのフランスでの修行、機会がありながら聴力喪失による挫折、60歳を越えてから訪れた思わぬデビューチャンス、それからの世界をまたに掛けた演奏会開催と絶賛、父の記憶と思わぬ再会。
 数々のエピソードは、初めて知る波瀾万丈の人生が彼女の感情を込めたピアノ演奏に彩りと奥行き与え、最後の「ラ・カンパネラ」の演奏へと導かれました。
 「ラ・カンパネラ」は素人のきよもりが見ていても両手の10本の指がそれぞれ独立して生きているように鍵盤上を自由自在に躍動します。

 彼女が幼い頃、「ピアノを歌うように弾きなさい」と教えてくれた母の言いつけを守っているという言葉で、やっと気付きました。
 楽器の中でもピアノは鍵盤を一つずつ叩くことで音を出す楽器ですから、弦楽器や吹奏楽器のように同じ音で短く弾いたり長く伸ばしたりするのではなく、いわばデジタルの楽器です。
 それをまるでアナログ時計の秒針が流れるように弾くから、われわれが美空ひばりや森繁久弥の歌に感涙するように魂に直接響いてくるのでしょう。
 感情の起伏に逆らわず、素直に弾くと、多少のミスがあっても聞く方にとっては全く気にならず、素直に全身で音色を感じられるから涙が出るのでしょう。
 ピアニストによっては元の譜面通り、完全無欠に弾き通す天才もいますが、同じ「ラ・カンパネラ」を弾いても演奏会のたびに感情の起伏に従って弾くから、演奏時間がいつも異なるフジコ・ヘミングが、他のピアニストと一線を画する点で、聞く人の魂を揺さぶるのだと思います。


Posted on 9月 9, 2018 at 07:51 午後 |

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