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2018.08.10

180810 五十五年前の写真と地図

1964_ 昨日までの東京帰省で、ゴミの片付けの合間に見つけた古い写真や国土地理院の地図を見直していて、記憶を辿りました。
 写真はきよもりが大学二年の時に撮ったものだと思います。
 写っている人物は住吉高校山岳部の二年生と一年生で、二年生のKSKさん、一年生のSRSさん(故人)がまだ童顔で懐かしいです。
 どこで撮ったものなのかは不明ですが、一等三角点の標識櫓があるから、氷ノ山か鷲峰山でしょうか?

 国土地理院の地図が20枚くらい出てきました。
 地図だけなら、古い地図を懐かしく見るだけなのですが、その地図の裏には当時の山の記録がびっしり書かれていて、一生懸命判読すると昭和38年(1963年)と昭和39年(1964年)の夏山の縦走記録でした。
 それによると、1963年は剱沢での合宿を終えて、8月9日~8月13日で立山から槍ヶ岳まで縦走しています。
 鉛筆書きの記録なのでほとんど判読できませんが、縦走路に点在する山小屋のスタンプを10ヶ所以上押してあって懐かしいです。
 1964年は夏山の縦走合宿(北岳三山から仙丈、甲斐駒)を終えてから、北アルプスへ転戦して、槍沢から槍ヶ岳に乗り、大キレットから北穂、奥穂の縦走、更にジャンダルムから西穂高まで縦走しています。
 当時まだ19歳ですから、体力が有り余っていたのでしょうね。
 こちらも地図の裏に記録を書いていますが、ほとんど判読できないのは残念です。

 当時の国土地理院の地図をコピーしたのでご覧下さい。
 昭和34年(1959年)測量図では、薬師岳周辺の太郎平から雲ノ平への登山路はまだ表示されていません。
 昭和42年(1967年)測量図では雲ノ平小屋や高天原の表示もありますから、昭和38年(1963年)の立山槍縦走時にはすでに登山路はあったと思われます。
 穂高周辺では新穂高温泉の表示はあるものの、西穂高への新穂高ロープウェイはまだ出来ていません。
 HPで調べると開業は昭和45年(1970年)7月15日、とありますから無くて当然です。
19630808_0812turugi_yarigatakemap
19640808_0812_yari_hotaka_nishihota

Posted on 8月 10, 2018 at 10:16 午前 |

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