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2014.05.13

140513 御影の地名由来

140513 御影の地名由来140513 御影の地名由来 御影石は六甲山地で切り出した花崗岩を船で運んで石屋川沿いの石材屋で加工したり、住吉浜から積み出しでいました。
 そのため御影石という名前が付けられました。
 ちなみに石屋川という川の名前も石材屋さんがたくさん川沿いにあったから付けられた呼称です。
 現在は川筋には石材屋さんはほとんどありませんし、石屋川自体すでに船で下ることは護岸と砂防ダム工事が進んで不可能です。
 現在川沿いにある石材屋さんは2軒だけですが、いずれも昭和以降の開業です。
 御影石は名前だけ残っていますが、日本では瀬戸内地方(岡山県の北木島や香川県の小豆島、与島)他から切り出されていましたが、現在は中国産等海外からの輸入が大半です。

 それではなぜ御影という地名がついたのか?
 神功皇后が新羅遠征の帰路、住吉浜に上陸され、澄んだ湧き水に御姿を映して化粧をなおされた、という故事来歴からきているそうです。
 綺麗な湧き水、澤乃井が阪神電車のガード下にいまも豊かに水をたたえています。

 この湧き水を使って仕込んだ酒を後醍醐天皇に献上したことから、嘉納という姓を賜り、この嘉納家が白鶴や菊正宗の醸造業、さらには講道館の創始者の嘉納治五郎、そしてこの治五郎は超名門校の灘中、灘高校の創始者でもあることは、御影に住み始めて初めて知りました。

Posted on 5月 13, 2014 at 01:27 午後 |

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