2017.11.22

171122 鶏もも肉の照り焼き丼

171122 鶏もも肉の照り焼き丼171122 鶏もも肉の照り焼き丼 ベターホームのレシピ本から、今日は鶏の照り焼き丼に挑戦しました。
 出来あがりのイメージが、あまりはっきりしないので、食べてみないと何とも言えませんが、タレを煮詰めるので、味は濃いめになったようです。
 白ご飯に乗せれば、丁度よいのかも知れません。

ベターホームのレシピ
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2017.11.21

171121 山行計画:11/25 京都北山「牛松山越えで水尾」 関西ハイク山友会 12/17 №1228例会の下見

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 牛松山は北保津からの表参道を登るルートが一般的ですが、今回は千歳町・国分の愛宕神社から尾根道を登ります。
 牛松山からの下りも寒谷乗越の谷は荒れているので支尾根を愛宕川林道へ下ります。
 この支尾根は未踏査ですが、途中に鉄塔480mがあるので、踏み跡があると思われます。
 愛宕川からは尾根越えで清和天皇陵を経由して水尾に出ます。
 台風21号の影響で倒木が多いと予想されますので、ノコギリを持っている方は藪刈りのお手伝いをお願いします。

【下見山行計画】
京都北山「牛松山越えで水尾」関西ハイク山友会 12/17 №1228例会の下見

日 時:平成29年11月25日(土) 9:10~15:30

集 合:JR亀岡駅 改札口 8時30分
 ※ 亀岡駅北口 8時47分発 千代川行きに乗車
【雨天の場合】下見なので雨天決行です
 
参加予定者:8 名/11/22現在
 HMDさん、OONさん、HMMさん、KURMさん、KOUJさん、IWMさん、JNKさん、きよもり

コース:JR亀岡駅(集合8:30)8:47=亀岡市ふるさとバス200円=8:55国分(9:10頃)―愛宕神社―P350m―牛松山629.2m―金比羅神社―支尾根分岐―鉄塔―愛宕川林道―北尾根縦走路―清和天皇陵―水尾「六兵衛」―JR保津峡(15:30頃、解散)

レベル:一般向き (牛松山へは480mの登り、愛宕林道への下り尾根は踏み跡次第)

地図:国土地理院25000分の一「亀岡」、昭文社「京都北山」「北摂・京都西山」いずれも一部
 予定断面図予定ルート図
 予定ルート拡大図: 前半、 後半

コース:歩行距離:6.1km、所要時間:5時間10分(歩行時間:3時間55分、休憩・昼食1時間15分)
 JR亀岡駅(集合8:30)8:47=亀岡市ふるさとバス200円=8:55国分
 国分120m(9:10頃)―10分―愛宕神社150m―30分―尾根上280m(10:00頃)―10分―P350m―20分―尾根合流450m―30分―牛松山629.2m―5分―金比羅神社620m(11:20頃、昼食)―10分―支尾根分岐590m―5分―右折迷点550m―5分―鉄塔480m―20分―愛宕川林道290m(12:40頃)―45分―北尾根縦走路450m―15分―天皇陵分岐470m―15分―清和天皇陵310m―15分―水尾「六兵衛」260m(14:20頃)―60分―JR保津峡80m(15:30頃、解散)

装 備:昼食弁当、飲み物、雨具、防寒具、着替え、スパッツ、ストック、ノコギリ(所有者のみ)
 気温が低くなっていますので休憩時間などには薄手の防寒具が重宝します。

費 用:各自払い/バス代200円(ICOCA、Suicaが使えます)

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2017.11.20

171120 師走近く

写真写真 あと十日で12月になります。
 今日は一段と寒くなる予想なので、厚着をして京都にやって来ました。
 日中は日差しがあって、それ程の冷えは感じませんでしたが、日が落ちると一気に気温が一桁に下がって、気の早いクリスマス飾りが冬の訪れを感じさせます。

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2017.11.19

171119 ガベノ城は「画餅」の城

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 ガベノ城って何故か気になる地名ですね。
 前日の夜中にどうしても気になるので、ネットで調べてみました。
 西宮市でも地名の由来は判らず、城や砦があったという史実はない、という回答だけのようです。

 でも、根気よく調べて以下の記事があったので引用させていただきます。

【補足】
 ガベノ城という地名は、以下の引用から「画餅の城」(城のように見えるが城跡では無い、という意味を持たせた呼称)から名付けられたと推測されます。
 「六甲山の話」のHPでは以下の記述があります。
  http://www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/sub5a.html 


 山岳大阪172号(2007年(平成19年)4月1日発行)の記事「六甲山系 地名変遷 ==永遠のナゾを語る==」において、赤松滋氏は、次のように述べる。
 「ガベ」はガベイ画餅、絵に描いたモチ同然の砦城と皮肉られたが伝えの説。
 古来登山案内精書数々は「ガベの城」でとおす。

 そもそも、「ガベ」の呼称を史上初めて公開したのは竹中靖一『六甲』(昭和8年)の本文と付図であり、その呼称の採集者は六甲をくまなく巡って付図「六甲山の地名と登路」を作り、直木重一郎氏と共に六甲地図の基盤を作った古市達郎氏であろうと推定できる。
 直木氏はそれまでの聞き取りで得て神戸徒歩会会員用地図(大正14年)に記載していた「ガメノ城」の呼称を捨てて、竹中氏の友人、古市氏の採集した「ガべ」を採用して、自分の「○○ノ城」という呼び方とミックスして、昭和9年に発行した六甲地図で歴史上初めて「ガべノ城」の呼称を確定したと推定できるのである。
 一般に藤木九三氏の命名とされる「芦屋ロックガーデン」は、直木氏自身は「小生が命名」と書いているし(直木重一郎「保久良の思い出」、『保久良登山会創立三十周年記念誌』昭和53年、41頁所収)、直木氏は、また、ロックガーデンのいろいろな奇岩に私的に名称を付けて楽しむということもあったという。
 もっとも、川上弘一「直木重一郎さんのこと」(『保久良登山会創立六十周年記念誌』平成20年、37~8頁)には「直木さんの仲間たちでロックガーデンという名前を付けた」とあり、RCC創設メンバー(藤木九三、富田砕花、直木重一郎)が名付けの当事者であった。
 「ガベノ城」は最初に地図に記載したという意味において、直木氏自身が名付け親であると言えるのではないだろうか。
 その当事者たる直木氏と竹中氏(「ガベ」の採集者の古市氏の友人)が、二人とも、「ガベ」は「画餅」であると語ったというのであるから、信ぴょう性は高いと受け止めることができよう。。


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